私たちは、耳を塞ぎきることはできない。
しかし、すべての音を聴くこともできない。
耳は身の回りで発せられた音を受け取っているものの、そのすべてを等しく聴いているわけではない。私たちは、その中から意識的に聴きたい音を選んでいる。
今日ではノイズキャンセリング技術も一般化し、より不要な音を排除する傾向が高まっている。
だが、聴きたい音以外の音を「ノイズ」という一言で括ってしまっても良いのだろうか。
「ノイズ」が何かと共鳴したらどうなるか。
「ノイズ」があることで、別の意味が立ち上がるとしたら。
果たして、それらを「ノイズ」と言い切ることができるだろうか。
本展示は、当たり前すぎて意識すらされない「見過ごされてしまっている」音を鑑賞者自身が発し、その音を起点としたインタラクションを通じ新たな価値を見出す試みである。
あなたは、この空間では奏者になる。